[189冊目]明治初期に刹那的に起こった仏教弾圧

189. 仏教抹殺

なぜ突然、仏像は破壊されたのか?

娘と日本史を勉強してる中で、教科書に本の数行書かれてた内容、「神仏分離令」と「廃仏毀釈」ってのを、いまいち自分もよく知らないなと思ったので、『仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか』を読んでみました。感想は「知らんかったー!」す(笑)そもそも「廃仏毀釈」って言葉もよく知らなかったし、それが歴史的に大したことだという認識もなかったんですが、なんかちょっと引っかかったんですよね。なんでこんなこと、教科書にしれっと書いてるんだろうと。で、この本読んでみたらよくわかりました。

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すごくかいつまんで言うと、日本は古代からアニミズムとリンクする八百万の神と538年に欽明天皇時代に百済から伝わった仏教が、聖徳太子が崇仏派だったこともあり、ごちゃまぜになっちゃってたんですね。どちらかというと寺院の方が、奈良時代の鎮護国家思想に基づく東大寺大仏や江戸時代の戸籍管理の機能を担った宗門改帳などで時の政権に利用されていたことから、神社よりも優遇されてました。それらの優遇は僧侶たちを調子を乗らせることになり、またそれを快く思わない人もいたんですね。例えば水戸黄門でお馴染みの水戸光圀とか。

で、時代は明治に移り、天皇を神扱いしたい政府は仏教やキリスト教が邪魔なこともあり、1868年に神仏分離令を出すんですが、これまで僧侶に虐げられていた神官達は、ここぞとばかりに寺社や仏像を壊しまくります。長年の恨みから神仏分離令を神官達の都合がいいように、拡大解釈されたんですね。そこには仏像を破棄した人たちの中には、農民も多く含まれていたみたいです。それが明治の廃仏毀釈の要旨です。

結局諸外国の圧力により、キリスト教が解禁となる1873年まで廃仏毀釈は続くんですが、一番気になったのは、なんで昨日まで崇めていた仏さんを手のひらを返してボコボコに出来たのか?ということです。もちろん坊さんへのむかつきもあったとは思いますが、なんとなく日本人の気質が出てる気もします。戦前と戦後での態度の変容、ちょっとやらかした芸能人に対する過剰なパッシング、SNSの炎上、全部似たような気がしますしけどね。

そんなことを感じつつ、単純に教科書の2〜3行を読むだけではわからなかった事実を学ぶことができただけでも、為になった本でした。

仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか (文春新書)

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